ローカル重賞3着だけの馬にジャパンCで◎を打つ(前)
冬季オリンピック・ソチ大会2014=ソチ五輪たけなわである。平野歩夢や羽生結弦などの若い世代から、高橋大輔、渡部暁斗らここ数年に渡って各競技を引っ張ってきた層、あるいは小笠原歩や葛西紀明といったベテラン勢まで、それぞれが“持ち味”を見せてくれる毎日。寝不足が積み重なっていく心地よさに酔いしれている人も多いに違いない。
日本国内における報道も、大本命・高梨沙羅がメダルを逃した時点でやや失速した感があったものの、中盤から盛り返してきた雰囲気を感じる。
ただ、ひとつ気になっている点がある。しかも、大いに、だ。
今回のソチ五輪に出場する日本選手の中で断トツの知名度を誇り、某所での「ソチ五輪で金メダルが期待できる日本人選手は?」というアンケートにおいても当然のように1位となった、浅田真央。けれど彼女が、金はおろか銀も銅も逃す可能性が高いことを、どれだけの人が把握しているのかってことだ。
フィギュアスケート団体戦・ショートプログラム(SP)に出場した浅田真央は第3位。最大の武器であるトリプルアクセルが不発に終わり、得点は64.07にとどまった。これに対してロシア代表リプニツカヤは72.90、イタリア代表コストナーは70.84。金メダル候補が大きく遅れをとってしまったカタチである。
この時点で報道も「真央ちゃんにとって気になるライバルが現れた」とようやくリプニツカヤをチラホラと取り上げ始めたが、そんなもん、「何をいまさら」だろう。
五輪開幕直前まで、いや開幕以後も、さんざん「女子フィギュアは浅田真央とキム・ヨナの一騎打ち」と伝えられてきた。終生のライバルともいえる両者に◎と○がズラリと並び、日本人の心情的には浅田の◎が多め、といったイメージである。
団体戦・ショートプログラムで3位に終わった現在でさえ「トリプルアクセルさえ決まれば金は真央ちゃん」と、おそらくほとんどの人がそういう構図を思い描いて戦いを待っているのではないだろうか。
が、ちょっと調べれば、決してそうではないことなんか、すぐにわかる。
浅田のSPにおけるパーソナルベストは、2009年にマークした75.84。これは上述のリプニツカヤを上回るものだが、今季のGPシリーズではNHK杯が71.26(トリプルアクセルと3回転ループ+2回転ループでミス)、GPファイナルが72.36(トリプルアクセルでミス)。確かに「トリプルアクセルが決まる」という条件を満たせば75点に達し、リプニツカヤを上回れそうな感じはある。
いっぽうフリースケーティング(FS)は、NHK杯の136.33が最高(ここでもトリプルアクセルでミス、苦手な3回転ルッツはエッジ違い判定)で、GPファイナルは131.66(トリプルアクセルを2本入れたもののミス、3連続ジャンプもミス)。
で、SPとFSの合計ではNHK杯の207.59がベスト、GPファイナルは204.02だ。総合すれば「小さなミスがいくつかあっても200点台はキープ、トリプルアクセルを決めれば210点台後半も可能」といったところだろう。
ただし、これまではミスがあっても70点台が出ていたSPなのに、五輪団体戦では64点。つまり現状の評価は「トリプルアクセルが決まってようやくライバルたちと同程度」だと考えられる。ここのところトリプルアクセルの成功確率は極めて低く、なかなかノーミスを決められない事実を考えれば、なかなかに高いハードルだ。
GPファイナルでは見送った3回転ルッツを、苦手であるにもかかわらず「今回の五輪ではFSに入れてくる」という報道もあったが、そうしないと勝てないという危機感を浅田陣営が抱いている、ということなのかも知れない。
いっぽうライバルたちを見ると、キム・ヨナのパーソナルベストは前回のバンクーバー五輪でのもので、SPが78.50、FSが150.06、合計228.56。
また2013年の世界選手権では、SPが69.97、FSが148.34で、合計218.31。パーフェクトではなく、ミスがあっての結果である。ちなみにこのときの世界選手権における浅田はSP62.10(連続ジャンプやループでミス)+FS134.37(トリプルアクセルやルッツでミス)の計196.47の第3位。2位はコストナーだった。
キム・ヨナの点数については“盛りすぎ”との声もあるが、現実に浅田を上回っているのだから、最大の強敵であり、よほどのミスがない限りなかなか勝てない相手と認識すべき存在だろう。
リプニツカヤは、浅田と戦ったGPファイナルでSP66.62、FS125.45の計192.07、浅田の204.02に次ぐ第2位だった。この時はルッツのエッジ違い判定に苦しんで点を伸ばすことができず、演技構成点もそれほど高くなかったため、ミスもあった浅田に12点差もの大差をつけられてしまった。だが逆にいえば、リプニツカヤ自身もミスだらけ、それでも浅田を追う位置にはつけられる力量があった、ともいえる。
その後、欧州選手権ではSP69.97、FS139.75、トータル209.72で初優勝。相変わらずルッツで苦労していたが、演技構成点を飛躍的に伸ばしたことが大きかった。
そして今回の五輪団体戦では、SPが前述の通り72.90、FSが141.51。合計すれば214.41のハイスコアとなる。ルッツがエッジ違いと判定されることもなくなった。
個人的には、GPシリーズ、欧州選手権、そして五輪団体戦と、着実に「リプニツカヤが金を獲得するための道」が地固めされてきた印象を抱いている。
このほか、コストナーはパーソナルベスト197.89だが五輪団体戦で得点を伸ばしており、個人戦では200点台に達する可能性がある。アメリカのワグナーが194.37を持っていて、これも強敵。それ以上に脅威なのがやはりアメリカのゴールドで、パーソナルベストこそ188.03ながら全米選手権では211.69を叩き出して優勝。国内試合であるためそのまま鵜呑みにはできないが、ソチの団体戦ではFS129.38をマーク。SPのデキ次第では190点台〜200点オーバーを期待できる位置にいる。
総合すれば、リプニツカヤが◎、キム・ヨナが○、浅田はコストナーやゴールドと並んで▲とか△が妥当。今季トリプルアクセルをクリーンに決められる機会が少ないことなどを考慮すれば、無印にする手もそう大胆とはいえまい。
馬券的にいえば「人気なので切ればオイシイ」とか「仕方ないので3連単の3着に抑える」といったところが、浅田に対する公正な評価ではないかと思う。
なのに、依然として「浅田◎、キム・ヨナ○、ちょっと気になるリプニツカヤ」の並び。まぁ「ローカル重賞3着だけの馬にジャパンCで◎を打つ」レベルの酷さではないものの、これって競技をする側にとっても見る側にとっても、非常に不幸な状態であることは確かだと思う。
じゃあ、なぜそういう状態のまま女子シングル個人戦を迎えるのか?(さすがにリプニツカヤに要注意という報道は今後増えるはずだが)
それが“わかりやすい”からだ。
「真央ちゃん頑張れ〜」といっている人のほとんどが、ふだんはフィギュアスケートなんか見ない。せいぜいスポーツニュースやワイドショーでダイジェストと結果に触れる程度だ。そこへ急にリプニツカヤなんて舌を噛むような名前を持ち出されても、ついてこれない。だから、より単純な「vsキム・ヨナ」というライバル関係やトリプルアクセルといったキーワードだけで語りたがる。
浅田真央に限らず、「震災を乗り越えて」とか「アラフォーの星」、「ママになって目指す五輪」といった、記号化された存在としてアスリートたちの情報は発信され、受け取る側はそれにまんま乗っかるようになる。
実はここに、馬券の売上げを伸ばすためには絶対に克服しなければならない問題が隠れている。
前回までの『恒久的な競馬開催のために』では、馬券売上げアップのためにやらなければならないこととして「まずは『手間ひまのかかることが楽しい』という事実を広く国民に理解してもらうことが重要」とか「あれこれ考えて、手間ひまかけて上達していくホビーこそ面白いという価値観を植えつける策が必要」と説いた。ところが上で述べたように「わかりやすいキーワードだけでモノゴトを捉え、本質や現状に対する正しい認識を避ける」のが実情。
これを是正しなければ、馬券の売上げは伸びず、トップアスリートたちの選手生活環境は改善されず、佐村河内守氏のような存在が今後も誕生する。それくらいの認識で捉えるべき問題なのである。 (つづく)